a madman's diary

狂人日記

銀座駅

地下鉄が嫌いである。それは、新幹線が実家と東京を結び、飛行機が日本と異国を結ぶように、私とバイト先を結ぶからだ。

二十二歳の誕生日、私はコールセンターで働いていた。夏の参院選アンケートの仕事で、朝から晩まで固定電話にダイヤルし続ける。

「ご家族で年齢が上から二番めの方に、ご回答をお願い致します」

「《妻は先刻、家出しました》」

現場監督だった上司が仕事終りに、私にちょいちょいと手招きして、こっそりマーブル・チョコレートをくれた。筒に入ったカラフルなチョコレートである。

私は筒を掴んで、ひとり地下鉄のホームに立っていた。 蓋をあけると、すぽんッと小気味のよい音がして、がらんとした銀座駅に響く。あと二時間で誕生日が、終る。

二三個手のひらに取ると、チョコレートに印刷されたマーブル犬が笑いかける。ひとつ摘(つま)んだとき、真夏の冷房で冷えきった指はチョコレートを落とした。犬は笑いながら、銀座駅の線路をどこまでも転がっていった。

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桃ノ木

田舎の実家で犬を飼っている。もうだいぶ婆さんで、去年の正月死にかけた。いい歳なので、家族みんな半ば諦めていたのだろう。自然と「死んだら、どこに埋めるか」という話になった。

「しょせんは"犬畜生"なので"人様"とおんなじという訳にはいかないが、それでも可愛がっていた家族なので、せめて犬が生前好んでいた場所に埋めてやろう」ということだった。誰もが黙っていた。と、父が神妙な面持ちで「裏の桃の木の下がいいだろう」と切り出した。

裏庭の桃の木は、幼少の時分、弟がおやつに食べた桃の種を埋めたのが大きくなったものである。果実こそできないが、毎年かわいらしい花をひっそりと豊かに咲かせていた。

「あれはかならず、あの桃の木の下でウンコをするんだ。きっとあそこが好きに相違ない」

祖父、祖母、母が一同に異を唱えた、「そういう意味ではないのではないか」。しかし父は「桃の木の下」の一点張りである。そうこう家族がもめているあいだに、犬はケロッと元気になり退院した。今日も、あのしっとり苔(こけ)むした桃の木の下でウンコをしているはずである。

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