a madman's diary

狂人日記

ワキ毛

本を読んでいると、ふと思い出す「ワキ毛」がある。

田舎の小学校時代。男女で着替える教室が分かれ始める、そんな時期だった。

私は三四年生になっても、まだしょっちゅう中耳炎で耳垂れを流していたり、昼休みまで残って独りでメソメソ給食を食べていたりするような不良品だったので、ピンと来ていなかった。

同じクラスの文学少女は発育が良く、がっしりした人だった。ある日、体操着に着替えていたとき、私はその文学少女に濃く強い脇毛が生え揃っていたのを、見た。女の人の脇毛というものをそれまで見たことがなかったので、ひどく狼狽(うろた)えた。

彼女はとても頭が良かったけれど、家が貧しくて、オヤジさんはロクデナシだった。独学で勉強して、高校は地元の進学校にすすみ、地方の国公立大学の文学部を卒業したみたいだということを、フェイスブックの「友達ではないですか?」で知った。

彼女の日常はフランス語で綴られていて、私はそっとパソコンを閉じた。

いまも本を読んでいても、ひょっとして自分はあんまり本が好きじゃないんじゃないかと思う。あの「ワキ毛」にはけっして敵わない気がして。

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銀座駅

地下鉄が嫌いである。それは、新幹線が実家と東京を結び、飛行機が日本と異国を結ぶように、私とバイト先を結ぶからだ。

二十二歳の誕生日、私はコールセンターで働いていた。夏の参院選アンケートの仕事で、朝から晩まで固定電話にダイヤルし続ける。

「ご家族で年齢が上から二番めの方に、ご回答をお願い致します」

「《妻は先刻、家出しました》」

現場監督だった上司が仕事終りに、私にちょいちょいと手招きして、こっそりマーブル・チョコレートをくれた。筒に入ったカラフルなチョコレートである。

私は筒を掴んで、ひとり地下鉄のホームに立っていた。 蓋をあけると、すぽんッと小気味のよい音がして、がらんとした銀座駅に響く。あと二時間で誕生日が、終る。

二三個手のひらに取ると、チョコレートに印刷されたマーブル犬が笑いかける。ひとつ摘(つま)んだとき、真夏の冷房で冷えきった指はチョコレートを落とした。犬は笑いながら、銀座駅の線路をどこまでも転がっていった。

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