a madman's diary

狂人日記

たけと君

たけと君は小学校二年生の終わりに転校していった。小学校二年生の終わりに転校していったたけと君は、タオル・ハンカチで洟をかむ男の子だった。そして、こころもち頭が大きかった。

二年生の教室は、校舎の二階にあって、窓には手すりが二本ついていた。ある日、たけと君はその二本の手すりの間に頭を入(い)れて、外を眺めていた。

そうして、抜けなくなった。

入(はい)れたのだから抜けるだろうに、始業のベルが鳴って、先生が隣で彼を静かに励まし、他の生徒がみな席について彼を静かに見守ると、いよいよ、たけと君は抜けなかった。

たけと君が抜けた瞬間を私は憶えていない。いつも洟をかんでいるタオル・ハンカチで、彼が涙をぬぐっていたのを憶えている。

Remove all ads

エスカルゴ

春、高校を卒業して、法学部に入学した。法学部法律学科、学内でも出色(しゅっしょく)の真面目な集団である。

時間割の都合、大学生になって一番はじめに出た授業は、小さなフランス語のクラスだった。席に着いて、とくに黙っている理由もないので、しぜん隣に話しかける。向こうもそんな様子で応じた、

「どうすれば、ひと殺せるかな、って。」

法学部にきたのは、そういうわけらしかった。

私たちはそのクラスで、動詞の時制を習い、パリで就活する際のスーツの選び方を指導され、エスカルゴの正しい食べ方を叩き込まれて、優秀な成績でフランス語をパスした。そうしてまた春がやってきて、私は法学部を中退した。

本来ならば一緒に卒業するはずだった年の冬。どうだ、ひとは殺せそうかと尋ねると、その人はワッと泣き出した、

「ひと、殺せな、いんだよね。」

それから程なくして、彼女は、ほとんど婚約していた男とえらくさっぱり別れた。私はいま、文学部にいる。

Remove all ads