a madman's diary

狂人日記

ひとり

母はその人を常に「お華の先生」と呼んでいた。お華の先生の「おはな」のイントネーションは、劇団ひとりの「ひとり」と同じ。 真面目で無愛想で偉そうで、恐い顔した美人の母は、田舎に嫁いできて全く周りに馴染まず、もちろん家の人たちとも上手くいかなか…

たけと君

たけと君は小学校二年生の終わりに転校していった。小学校二年生の終わりに転校していったたけと君は、タオル・ハンカチで洟をかむ男の子だった。そして、こころもち頭が大きかった。 二年生の教室は、校舎の二階にあって、窓には手すりが二本ついていた。あ…

エスカルゴ

春、高校を卒業して、法学部に入学した。法学部法律学科、学内でも出色(しゅっしょく)の真面目な集団である。 時間割の都合、大学生になって一番はじめに出た授業は、小さなフランス語のクラスだった。席に着いて、とくに黙っている理由もないので、しぜん隣…

ワキ毛

本を読んでいると、ふと思い出す「ワキ毛」がある。 田舎の小学校時代。男女で着替える教室が分かれ始める、そんな時期だった。 私は三四年生になっても、まだしょっちゅう中耳炎で耳垂れを流していたり、昼休みまで残って独りでメソメソ給食を食べていたり…

銀座駅

地下鉄が嫌いである。それは、新幹線が実家と東京を結び、飛行機が日本と異国を結ぶように、私とバイト先を結ぶからだ。 二十二歳の誕生日、私はコールセンターで働いていた。夏の参院選アンケートの仕事で、朝から晩まで固定電話にダイヤルし続ける。 「ご…

桃ノ木

田舎の実家で犬を飼っている。もうだいぶ婆さんで、去年の正月死にかけた。いい歳なので、家族みんな半ば諦めていたのだろう。自然と「死んだら、どこに埋めるか」という話になった。 「しょせんは"犬畜生"なので"人様"とおんなじという訳にはいかないが、そ…

ソプラノ

消化器官が弱いのか、気管支まわりの筋肉が弱いのかわからないが、子どもの頃からよく吐く。風邪を引くとまず吐くし、遠足のバスも必ず吐くし、給食も人一倍ノロくて昼休みまで残って教室の隅で食べさせられていたのだが、頑張って食べようとすると吐く。ブ…

芭蕉パイセン

いつかの夕方、夏の終りも近かった。バイトを終えて山手線に揺られる。とても疲れていた。ゆらりと東京駅で降りて夜行バスに乗り、朝の六時くらいにバスを降りた。 朝日にうっすら汗ばみながら、高館義経堂(たかだち ぎけいどう)へ登っていく。つくつく法…

滝の思ひ出

昔、NHK教育で「へなモン、見たモン、変なモン」というフレーズのアニメがあった。「へなもん」という妖怪の一家の玄関には観賞用の滝があって、私は(もしも将来お金持ちになったら、家に滝を作ろう)と思っていた。 学生時代、お金がなくて浅草にある激安…

鍋を焦がしてまわる

シンガポール人と同居することになってそろそろ一年が経つ。さいきん急に、シンガポール人が料理に凝りはじめ、家じゅうの鍋を焦がしてまわっている。 鍋の底が抜けようが、テフロン加工があらかた剥げ落ちようが、「焦げている部分以外は美味しいから、私は…

ババア

ポケモンというゲームが大好きだった。もうゲームはしないけれど、街から街へ旅する感覚が染み付いてしまったのか、大人になってだいぶ経つがどうも引っ越しが多い。引っ越さなくてはいけない状況が向こうからやってくる。 とくに意味はないが、新しい家に引…

写真うつり

アメリカに留学していた頃。大学のキャンパスを歩いていたら、芝生でバーベキューしている集団に呼び止められた。まだアメリカに来たばかりで何を言っているのかよく分からなかったけれど、「アイスキャンディーいる?」だけ聞き取れたので「いる」と答えて…

結核

深夜、バイトの帰り道。働いてみて初めてわかったのだが、私は接客業に向いていなかった。疲れきっており、うっかり道をまちがえてしまった。昼と夜では、近所でも風景が違って見えるので道が分からない。街灯はないわ、自転車のライトは盗まれるわで、真っ…

いつか殺す。

いつか殺す、という題名のリストを持ち歩いている。 嫌いなひとや、もののことを書き留めてある。「重たい荷物」「痛い靴」「湿気」「蚊」「大きな声でハクションと口にするひと」。 さいきん「咀嚼音」と「ひとりよがり」を追加した。