銀座駅
地下鉄が嫌いである。それは、新幹線が実家と東京を結び、飛行機が日本と異国を結ぶように、私とバイト先を結ぶからだ。
二十二歳の誕生日、私はコールセンターで働いていた。夏の参院選アンケートの仕事で、朝から晩まで固定電話にダイヤルし続ける。
「ご家族で年齢が上から二番めの方に、ご回答をお願い致します」
「《妻は先刻、家出しました》」
現場監督だった上司が仕事終りに、私にちょいちょいと手招きして、こっそりマーブル・チョコレートをくれた。筒に入ったカラフルなチョコレートである。
私は筒を掴んで、ひとり地下鉄のホームに立っていた。 蓋をあけると、すぽんッと小気味のよい音がして、がらんとした銀座駅に響く。あと二時間で誕生日が、終る。
二三個手のひらに取ると、チョコレートに印刷されたマーブル犬が笑いかける。ひとつ摘(つま)んだとき、真夏の冷房で冷えきった指はチョコレートを落とした。犬は笑いながら、銀座駅の線路をどこまでも転がっていった。