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a madman's diary

狂人日記

右利き

左手のほうが握力が強いことに気がついたのは、高校生のときだった。中高六年間、陸上部だったが、クラウチング・スタートの利き足もそういえば人と反対だった。私が弾くピアノはよく知っているはずの曲がなんだか知らない曲に聴こえてしまうのだが、あれは左が強くて歪だったのだ。

小学校に上がる頃になって、ようやく右手で箸を持ち、字が書けるようになった。なかなか直らなくて、母はさんざん苦労したらしい。左手が使えなくなると、左手を使っていた頃の記憶も失われた。

「ありのままの貴方でいいのよ」

といわれても、もはや左手を使うことはできない。

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ひとり

母はその人を常に「お華の先生」と呼んでいた。お華の先生の「おはな」のイントネーションは、劇団ひとりの「ひとり」と同じ。

真面目で無愛想で偉そうで、恐い顔した美人の母は、田舎に嫁いできて全く周りに馴染まず、もちろん家の人たちとも上手くいかなかった。記憶の母は、長い黒髪に優雅なパーマで、赤い口紅と、香水の匂いがして、結婚式のときの写真と同じように、いつも奇麗でぶすっとしている。

そんな彼女は赤ちゃんの私を連れて、週に一度いそいそと田舎の小さな池坊(いけのぼう)教室へ通った。母が活けている間、幼い私はお華の先生のお膝に預けられていた。

私は花よりも、鋏と剣山が好きだった。

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