a madman's diary

狂人日記

檸檬

中学二年生の夏休みに、叔母のところへ預けられた。

叔母がまだ再婚する前、日本へ帰って来る前、そして結局カリフォルニアへ戻る前。よくわからない女(ひと)で、当時三つになる娘と二人、一本のレモンの木のあるロサンゼルスの家に住んでいた。

あのロサンゼルス行きは、誰が言い出したのだろう。思春期の娘を持て余していた母か、それとも——母が思春期の娘を持て余しているのを知っていた娘か。

ともかく、日本から持って来た勉強道具はスーツケースから出されず仕舞いだったし、誰とも話したくなかったので英会話が上達することもなかったが、四十代おんな盛り、たくましく美しい叔母は、ただそれを厳しい顔をして見守った。

アメリカ西海岸、避暑地の海は寒流で、なよなよと青白い東洋人の子供のからだでは、五分も水につかっていられない。

そもそもあの辺りの海は、冷たすぎて、泳ぐための海ではないと後から知ったが、やっとこさ英語をつかうようになった今、時折ぼんやりと、あの海は泳げないんだっけ、と思い出す。

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ウィーン

実家から徒歩十秒のところに住んでいる、生まれた時からの幼なじみは性根の優しい、素敵なひとである。

おじさんもおばさんも、田舎のふつうの日本人なのに、どういうわけだか、幼なじみは西洋人風の顔立ちに、栗色の巻き毛の、ウィーン少年合唱団だった。

コンプレックスも向上心も持ち合わせなかった彼は、適当に勉強をし、適当に大学を卒業し、地元に戻ってくると、自宅から徒歩五分のところにある小さな郵便局に就職した。

幼稚園のアルバムに載っている彼の将来の夢には、

「しんかんせんになりたい」

とある。いつからなのか、彼に一生追いつけないことを知ったのは。

「郵便局の可愛いお兄さん」として母親世代の心をさらった彼は、さいきん昇進して、別店舗へ移ったということである。

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