a madman's diary

狂人日記

檸檬

中学二年生の夏休みに、叔母のところへ預けられた。

叔母がまだ再婚する前、日本へ帰って来る前、そして結局カリフォルニアへ戻る前。よくわからない女(ひと)で、当時三つになる娘と二人、一本のレモンの木のあるロサンゼルスの家に住んでいた。

あのロサンゼルス行きは、誰が言い出したのだろう。思春期の娘を持て余していた母か、それとも——母が思春期の娘を持て余しているのを知っていた娘か。

ともかく、日本から持って来た勉強道具はスーツケースから出されず仕舞いだったし、誰とも話したくなかったので英会話が上達することもなかったが、四十代おんな盛り、たくましく美しい叔母は、ただそれを厳しい顔をして見守った。

アメリカ西海岸、避暑地の海は寒流で、なよなよと青白い東洋人の子供のからだでは、五分も水につかっていられない。

そもそもあの辺りの海は、冷たすぎて、泳ぐための海ではないと後から知ったが、時折ぼんやりと、あの海は泳げないんだっけ、と思い出す。

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ひとり

母はその人を常に「お華の先生」と呼んでいた。お華の先生の「おはな」のイントネーションは、劇団ひとりの「ひとり」と同じ。

真面目で無愛想で偉そうで、恐い顔した美人の母は、田舎に嫁いできて全く周りに馴染まず、もちろん家の人たちとも上手くいかなかった。記憶の母は、長い黒髪に優雅なパーマで、赤い口紅と、香水の匂いがして、結婚式のときの写真と同じように、いつも奇麗でぶすっとしている。

そんな彼女は赤ちゃんの私を連れて、週に一度いそいそと田舎の小さな池坊(いけのぼう)教室へ通った。母が活けている間、幼い私はお華の先生のお膝に預けられていた。

私は花よりも、鋏と剣山が好きだった。

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