a madman's diary

狂人日記

ひとり

母はその人を常に「お華の先生」と呼んでいた。お華の先生の「おはな」のイントネーションは、劇団ひとりの「ひとり」と同じ。

真面目で無愛想で偉そうで、恐い顔した美人の母は、田舎に嫁いできて全く周りに馴染まず、もちろん家の人たちとも上手くいかなかった。記憶の母は、長い黒髪に優雅なパーマで、赤い口紅と、香水の匂いがして、結婚式のときの写真と同じように、いつも奇麗でぶすっとしている。

そんな彼女は赤ちゃんの私を連れて、週に一度いそいそと田舎の小さな池坊(いけのぼう)教室へ通った。母が活けている間、幼い私はお華の先生のお膝に預けられていた。

私は花よりも、鋏と剣山が好きだった。

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たけと君

たけと君は小学校二年生の終わりに転校していった。小学校二年生の終わりに転校していったたけと君は、タオル・ハンカチで洟をかむ男の子だった。そして、こころもち頭が大きかった。

二年生の教室は、校舎の二階にあって、窓には手すりが二本ついていた。ある日、たけと君はその二本の手すりの間に頭を入(い)れて、外を眺めていた。

そうして、抜けなくなった。

入(はい)れたのだから抜けるだろうに、始業のベルが鳴って、先生が隣で彼を静かに励まし、他の生徒がみな席について彼を静かに見守ると、いよいよ、たけと君は抜けなかった。

たけと君が抜けた瞬間を私は憶えていない。いつも洟をかんでいるタオル・ハンカチで、彼が涙をぬぐっていたのを憶えている。

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