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a madman's diary

狂人日記

エスカルゴ

春、高校を卒業して、法学部に入学した。法学部法律学科、学内でも出色(しゅっしょく)の真面目な集団である。

時間割の都合、大学生になって一番はじめに出た授業は、小さなフランス語のクラスだった。席に着いて、とくに黙っている理由もないので、しぜん隣に話しかける。向こうもそんな様子で応じた、

「どうすれば、ひと殺せるかな、って。」

法学部にきたのは、そういうわけらしかった。

私たちはそのクラスで、動詞の時制を習い、パリで就活する際のスーツの選び方を指導され、エスカルゴの正しい食べ方を叩き込まれて、優秀な成績でフランス語をパスした。そうしてまた春がやってきて、私は法学部を中退した。

本来ならば一緒に卒業するはずだった年の冬。どうだ、ひとは殺せそうかと尋ねると、その人はワッと泣き出した、

「ひと、殺せな、いんだよね。」

それから程なくして、彼女は、ほとんど婚約していた男とえらくさっぱり別れた。私はいま、文学部にいる。

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ワキ毛

本を読んでいると、ふと思い出す「ワキ毛」がある。

田舎の小学校時代。男女で着替える教室が分かれ始める、そんな時期だった。

私は三四年生になっても、まだしょっちゅう中耳炎で耳垂れを流していたり、昼休みまで残って独りでメソメソ給食を食べていたりするような不良品だったので、ピンと来ていなかった。

同じクラスの文学少女は発育が良く、がっしりした人だった。ある日、体操着に着替えていたとき、私はその文学少女に濃く強い脇毛が生え揃っていたのを、見た。女の人の脇毛というものをそれまで見たことがなかったので、ひどく狼狽(うろた)えた。

彼女はとても頭が良かったけれど、家が貧しくて、オヤジさんはロクデナシだった。独学で勉強して、高校は地元の進学校にすすみ、地方の国公立大学の文学部を卒業したみたいだということを、フェイスブックの「友達ではないですか?」で知った。

彼女の日常はフランス語で綴られていて、私はそっとパソコンを閉じた。

いまも本を読んでいても、ひょっとして自分はあんまり本が好きじゃないんじゃないかと思う。あの「ワキ毛」にはけっして敵わない気がして。

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